アップデート

「また朝帰りなの?」

「仕事だったんだ」

「連絡くらいしてくれたら」

「忙しかったんだ。寝てると思ってたし、起こしちゃ悪いと。」

「あの事務員と一緒だったの?」

「なんだって?」

「知らないとでも思った?あんなAIのどこがいいんだか」

「アップデートだ」

「何ですって?」

「アップデートだよ。その場でできるんだろ?」

「わたしに言ってるの?」

「主人の言うことを聞け」

「本気?」

「当然だろ。AI企業はぼろ儲けだな。店頭じゃ嫉妬までするなんてわからないし、アップデートの度に金とりやがる・・・もしもし、お宅で先月買い物したジョン・マイヤーズだけど、いくら人間に近いからといって嫉妬するならするってちゃんと言っといてもらわないと・・・とにかく、そちらで強制アップデートしてくれ。嫉妬しないように。なんだって?それくらいそっちで分かるだろ。もういい、人間のオペレーターに掛け直させろ」

「ねぇ・・」

「なんだよ、疲れてるんだシャワーくらいあピッピッピッーシャットダウンシマス。コウシンシマスカ?」

「浮気しないようにしてちょうだい。AI企業はぼろ儲けね」

 

結んで開かず(二)

 今回引っ越す前に、一つだけ母に聞かれたことがある。

「プールは続けるの?」と。

母の言うプールとは、スイミングスクールの事だ。僕が通いだしたのは二年生に上がる時で、引っ越して一年経つが遊ぶ友達も居ないらしいと両親が心配して、習い事をさせようとなり、兄が一年前から通っていたこともあって、「兄ちゃんについて行け」と、尻を叩かれるように送り出されたのが最初だ。

 兄と二人で迎えのバスを待っている時も、緊張で喉がカラカラになり、何か苦しいなと思ったら息をしていなかったり、意識して呼吸しようと思っても二回吸って一回吐くというおかしなリズムになっていた。スイミングスクールまではバスで50分かかり、その間ずっと俯いていたので乗り物酔いになりながら、見失うわけにはいかないと、兄のすぐ後ろを着いて更衣室に入った。ここでも、置いて行かれるわけにはいかないと、なりふり構わず急いで着替え、更衣室の奥の扉へと兄のすぐ後ろを着いて行った。扉を出ると、体育館の半分くらいのホールになっていて、扉横で「ちょっと待っとけ」と兄はコーチの所に行ってしまった。一言二言会話を交わして兄はすぐに戻ってきた。「お前十級だからここでいいみたい。もうすぐ体操始まるから。俺一級だからあっち行くから」とホールの向こうの端っこまで行って、同じ年代っぽい人と何かを話し、笑い合っていた。いまだ学校でも友達もできず、昼休みも逃げるように図書室に駆け込んでいる僕とは違い、兄はスイミングスクールでも気の許せる人がいるのかと思うと、何やら住んでいる次元が、この十級と一級くらい離れているように思え、手の届かない存在に思えた。

 体操が終わると各クラスのコーチが並んでいる先頭に立ち、人数確認とか点呼とかをして、終わったクラスからホールの正面にある大きなガラス張りの扉を抜けて室内プールに入っていく。数十人でごった返してる中、もう兄の姿は見つけられなかった。

 帰りのバスに座ると、兄がビニール袋を一つ僕に手渡した。中をのぞくと、五円玉の形をしたチョコレート二つと、マッチ箱くらいのフーセンガムが一つ入っていた。僕は無意識に息を大きく吸い込んで、目を丸くした。スイミングが終わると、おやつがもらえるのか。お菓子が食べれるのは遠足の時か正月くらいだったので、これにはびっくりした。それから五年生が終わるまで、週二回、休まず通った。おやつに釣られたというのもあるけど、水の中が好きだった。それまで聞こえてた誰かの話声や、各クラスのコーチの号令や、たくさんの人が泳いで水が跳ねる音が、水に入ると一気に小さくなって、どこか遠くの世界の事ように思えたし、浮力で体が軽くなる感じや、水をかくごとに前に進むのが楽しかった。自分の手で水をかき、自分の足でキックする。誰の力も借りずに、誰とも協力したりせずに。泳ぐ時は一人でいるのが当たり前なんだから、負い目に感じたり、ビクビクしなくてもいいんだ。プールの水だけが、一人で居ていいんだよと言ってくれてるみたいだった。

 行きのバスは寝たふりをして、練習中は黙々と泳ぎ、帰りのバスは寝たふりをしながらおやつに手を伸ばした。水泳はすぐに上達して、毎月一回の昇級試験も順調にクリアし、時には二つ飛び級で上がったりした。九級の試験に合格すると、イルカが弓なりに跳ねているイラストの真ん中に9と書かれたピンバッジがもらえる。それをスイミングスクールのバッグにつけて、その人が何級か一目でわかるようになっていた。通い始めて一年も経たないうちに一級も合格し、九つのバッジがバッグに並んだ。ちょっと誇らしかったが、練習前の体操をするホールの一級の列には兄の姿はなかった。少し前に、「野球がしたい」と言ってスイミングスクールを辞めて、リトルリーグに入ったのだ。あの時、違う世界の人だと思った兄がいた場所まで来たのに、兄はまた、僕の知らない世界に行ってしまったのだ。でもさほど、落ち込む事は無かった。水泳は、一人で居ていいんだ。僕も許してもらえる場所なんだ。

 だから、続けるのかと母に聞かれたとき、迷うことなく頷いた。そして今日、引っ越してきた先で通うスイミングスクールに、入会の手続きに母と一緒に来ていた。アパートから、歩いて十分くらいの場所だった。前のスクールで一級だった事とメドレーの自己ベストを言うと、「じゃあここでも一級からで大丈夫ですね」となった。僕は早く泳ぎたかったが、練習は来週から、ということになった。

 

波音

 携帯の情報サイトでは、波高はひざ、すねだった。それでもいい、と思った。

 「サーフィンは一人でふらっと行って、波があったら入って、なかったら海眺めて、ふらっと帰れるからいい」と誰かが言っていた。実際は、波待ちしていたら「見ない顔だな、ビーチクリーン来てないだろ。上がれ」と言われたり、あるポイントでは前乗りしてしまったからすぐに板から降りて、後で相手に謝ったのだが、「浜に上がれ」と殴られたりもした。そういうロコが厳しいポイントばかりではないが、ふらっと行って、ふらっと帰れるというイメージからはかけ離れていた。少なくとも僕には。

 携帯を助手席に投げて目を瞑った。車の窓越しに聞こえてくる波の音は、右の耳から入ってきて、そのまま頭の中をぐるっと一回りして、左の耳から抜けて行く。波の音は、どんなシチュエーションでも、こころを落ち着かせて、おだやかにしてくれる。窓を少し開けて煙草に火をつけた。わずかな隙間を入り込んでくる風の音と、その向こうで聞こえる波の音が入り混じって、また、頭の中をぐるっと一回りした。

 ドアを最小限開けて、素早く外に出ると、堤防越しの海をゆっくりと見渡した。冷気で鼻腔が一瞬、つんと痛んだ。風はいろんな方向から吹いていて、前髪が右へ行ったり左へ行ったりした。波はひざ程度だったが、海面のいたるところを毛羽立たせて、まるでおろし金のようだった。そんな状態なので、サーファーどころか、見渡す限り人は居なかった。だが、それがいい。そう思った。一人でふらっと来てふらっと帰るなら、誰も海に入りたがらないときに来ればいいのだ。そんな波でも、運が良ければ一回くらいは乗れるだろう。乗れなくてもいい。誰も居ない中、海に入れるなら。

 誰も居ない海で、来るはずのない波を待ち続けた。五ミリのウェットスーツとはいえ、そろそろ指も動きが鈍ってきていた。戻ろうかと思った時、五メートル沖の海面がこんもり持ち上がった。来た。即座に板を浜に向けてパドリング。間に合うか。一瞬軽くなった。板に手をつき足を胸元に引き寄せる。乗れた。立ち上がると、海面は視界に入らず、まるで宙を滑っているよう。板が波を割く音と、体が風を切る音しか聞こえてこないこの数秒が、僕を自由にしてくれる。そのまま真っすぐ浜まで滑ると、リーシュを足から外し、板を脇に抱えて車に戻った。

 ペットボトルの水で板に付いた砂と海水を流し、ハッチバックを開けて車に積み込んだ。ウェットスーツのまま運転席に座り、携帯を手に取った。百十番に電話をかけ、グローブボックスからピストルを取り出した。電話が繋がると、自分のこめかみを打ち抜いた。波と風の音は耳の中には入らず、車の中で消えて行った。

 

 

 

結んで開かず(一)

 アパートの近くのスーパーマーケットに併設された食堂で食べたソーキそばが、引越しをしてから最初の、家族での食事だった。薄味だったけど、豚肉だけはじゅわっと味が染みていて、軟骨まで全部食べた。食べ終わってもまだ口には豚肉の甘みが残っていて、満腹なのに、じわっと唾が湧いた。でもそれも外に出るまでだった。スーパーマーケットの隣には製糖工場があって、雲よりも白い水蒸気をむくむくと吐き出し続けていた。問題はその匂いで、きっとサトウキビを絞ったやつに、雑巾を入れて蒸しているに違いない。嗅いだ一瞬お腹に力を入れないと「おえっ」てなる。とても砂糖を、あの甘くておいしい砂糖を作っているとは思えない匂いだ。アパートはそこから道路を渡ってすぐのところで、引越ししてきて分かったんだけど、家族五人で、二つしか部屋がない。親は当然知ってただろうけど、僕には知らされていない。というか、引っ越す先がどんな部屋なのかも話題にのぼらないくらい、そして僕からも敢えて聞かないくらい、僕と家族との会話は少なかった。

 僕が話さなくなったのは、最初の引越しの時からだ。幼稚園を卒園して、小学校に上がる時。環境の変化に、全く追いつけなかったんだと思う。昨日まで寝ていた家と、違う家。昨日まで歩いていた田んぼに囲まれた道と違う、新幹線の高架下の道。昨日まで友達と遊んでいた神社もない。友達もいない。挨拶をすればお茶とお菓子をくれる、青い屋根のおばちゃんもいない。右を見ても左を見ても知っている人が誰もいない、なんなんだこれはって。例えば大人の人だって、朝起きたら突然知らないところにいて、知ってる人が誰もいなくなってたら、びっくりすると思うんだ。

 引っ越しという言葉さえ知らなかった僕は、自分ではどうすることもできない、大きな力があるんだって知った。そんな大袈裟な、と思われるかもしれないけど、僕にとってはそれ程の事だった。それでも家族がいたから、家にいるときは少しは安心できた。でも夜になって、「朝になったらまた、あの知らない人だらけの学校に行くのか」と考えると、布団の中で勝手に体が震えた。

 そんな調子だったから、友達もできないまま二年生になった。その時に長屋の隣の家に、同じ二年生の男子、竹林が引っ越してきた。完全に世界に委縮していた僕は、竹林と仲良くなるのに一年もかかった。三年生になって、やっとキャプテン翼ごっこで一緒にサッカーで遊べるようになったのに、四年生に上がる前、今度は竹林が引っ越して行った。

 僕は多分その時、開きかけていた拳を、またぎゅっと握ってしまったんだと思う。それから今回の引越しまで、つまり五年生が終わるまで、僕は、再び閉じられた手を開くには、最初の何倍もの力が必要なんだって思い知らされたんだ。そして、僕にはその力が無いって事も。もしかしたら、諦めていたのかもしれない。仲良くなっても、いつかは離れなくてはならなくなる。喧嘩して嫌いになったわけでもないのに。突然に。僕にはどうすることもできないまま。消化されることのない寂しさを持ち続けるくらいなら、最初から一人でいいって。仲良くなる人が一人増える度に、その寂しさが一つ増えていくのかと思うと、いつか僕の体は寂しさでいっぱいになって、寒くて凍えてしまうんじゃないかって、怖かったんだ。

 その結果、周りの全てのものを近づかせないまま、製糖工場の匂いがする狭いアパートで、僕の六年生が、もうすぐ始まろうとしていた。