懐かしいと君は言うけれど
僕の中では今も生きている思い出
その差が寂しく、苦しい
三脚を広げる。周りは50人くらいのカメラマンが機材をセットしている。400ミリのレンズを付けるとそれだけで一人分のスペースが一杯になる。目的は決勝の水神を撮ることなので、その前の何レースかで試し撮りをした。
今日は調子がいい。写真は撮る側のメンタルが影響するとフォトショップの講師が言っていた。同じ環境、同じ機材、同じアングル同じ被写体でも、人によって写真の出来は異なる。技術だけでは隠せないものがある、と教わった。
その点、今日は精神的にも安定、というより高揚している。それが体に出てしまうと技術もなにもなくなってしまうので、頭は熱く体は冷静に。気持ちが前のめりになると写真もそうなるし、緊張していると堅い印象の写真になってしまう。シャッターを押す瞬間の心の動きが重要なのだ。
選手紹介が始まるとカメラを構え、レースが終わるたび、ディスプレイで確認する。感度とホワイトバランスを調節。次のレースでまた調節。段々仕上がって来た。
そして男子200メートル個人メドレーの決勝。選手紹介が始まった。水神は5レーンだ。以前、左右に人がいた方が泳ぎやすいから端っこのレーンより真ん中の方が記録が伸びるんだ、と水神は語っていた。いい位置からのスタートになりそうだ。水神の表情を撮るためにピントを合わせる。リラックスしている。二重の瞼の間隔で分かる。ジャージを脱ぎ、手足をぶらぶらとさせる。足をほぐすのは必ず右足から、というのがルーティーンだ。
Take your mark
場内が静まり返る。続いて鳴る電子音と共に選手たちはいっせいにスタート台を蹴った。着水はほぼ同時。2回キックで一番に水面に上がって来たのは2レーンの百富だ。続いて8レーン佐田。水神は三番手か。まずまずだ。キックの反動を腰から上半身に滑らかに伝達。その流れを止めずに腕を後ろから振り上げる。筋肉が張り、緩む。躍動する。水神はほかの選手に比べて跳ねる水が一際少ない。美しいフォームだ。無駄がない。200メートル個人メドレーは約2分。瞬きなんかしていられない。最初にターンをしたのは水神だ。
ここから得意のバック。腕を上げるときの肩の入れ方がスムーズだ。水神が調子が悪いときには肩から首に一本の筋が入る。力が入りすぎているからだ。今日はそれが見えない。万全の状態だ。
2度目のターン。トップは依然水神。2位とは体半分くらいか。ターンをして平に入る。2回のキックの後、水をかいて頭が上がる。バッチリのタイミングでシャッターを押せた。静かな水面を両手で割いていく。推進力を止めることなくキックで後ろに流していく。ここで水神が2位と体一つ分差を開いてダントツトップに躍り出た。
最後のターン。クロールだ。上半身に逆らわない腰の回転。いつもの泳ぎだ。50メートルでする息継ぎは2回。タイミングもわかっている。その瞬間に合わせてシャッターを切る。水神は2位との差をそのままにトップでゴールした。最後はこのゴール後の表情だ。小さくガッツポーズをしてゴーグルを取る。そして電光掲示板を見上げる。
タイムは1:55:58。派遣標準記録を2秒半上回って、文句なしの五輪代表内定だ。
月刊競泳5月号
水神喜一(20)=西日本体育大学=が自身初のオリンピック出場を決めた。男子200メートル個人メドレー。記録は1:55:58。自己新だ。リオデジャネイロ五輪男子200メートルバタフライ銀メダルの坂上聖次(25)=セイワ食品=が高校まで通ったSSG那覇に所属していた。坂上聖次は2大会連続出場を決めている。水神は
「いいタイムでした。しかも先輩と共に五輪にいけるなんて。レースを楽しめたのが結果につながった」
と語っている。
2歳年上の兄とともに糸満スイミングスクールに所属していた。「最初は兄についていければ、追いつければいいと思い続けていた。そのうち兄がやめてしまって、それからは自分の中に目標を置くようになりました」と語る水神は、大会ごとに自分の記録を塗り替え続けている。
「小学生の頃から柔軟体操を大事にしてきた水神は、その肩甲骨周りの柔らかさが武器だろう」
SSG那覇の金城コーチは語る。
「感覚で泳ぐタイプに見られがちだが、しっかりとした努力家。水泳のDVDは100本を超えるし、自身のフォームも毎日撮影してチェックしている」
と努力する姿に魅力を感じている。
選手権での一発選考について尋ねると水神は
「いいと思います。実績なんか関係ない。僕たちの歳だと、1年で驚くほど高い集中力を発揮して、爆発的に記録を伸ばす選手もいます。その時一番速い奴が出る。シンプルだけど難しい事。それがまたいい」
と語る。
男子200メートル個人メドレーのWRは1:54:00、日本記録は1:55:07。水神はどこまで近づけるのか、そして追い抜く事ができるのか。先夏の世界選手権金メダルのケーレン・ドレッセ(米)は
「喜一のことは前から知っていた。やっとここまで上がって来たか。五輪で一緒に泳げるのが楽しみだな」
と嬉しそうに語る。その目からは余裕が見受けられた。
「五輪となると強いライバルが多いと思いますが、目標は」
との問いに水神は
「もちろん、自分です。今までもそうしてきた。それを変えるつもりはない」
と、あくまでライバルは自分だと語っている。その姿勢にぶれはない。
(取材・写真/フリーランス・大津綾)
やっぱこっちでしょ!
今日こそ世紀の一枚を撮ってやるのだ。肩から提げたカメラバッグを飛び跳ねない様に抑えながら走る。福岡国際水泳場。ウォーターフロントのカメラ席。激戦区の中央。被写体は水神喜一。水の神に愛された水泳選手として一躍有名になった。そして、名前負けしていない。
さてさて、お次はフィッシュストーリーだ。昔読んだ記憶があるが、改めて読んでみると、とても興味深い。たぶん、うろ覚えだが、映画も観たと思う。これもまた、もっと早くに読み直しておけばなぁ、と思いを巡らす暖冬の夜。