結んで開かず(九)真一

冬休みが近付き、教室のロッカーに置いていたリコーダーや鍵盤ハーモニカ、習字道具などを小分けにして持って帰っている。家に帰っても母はいないから、ちょっと憂鬱だ。 母は僕が修学旅行の時に入院して手術した。乳癌だったらしい。ほどなく退院して、また…

結んで開かず(八)綾

「では黒板に書いた班ごとに座り直してください」十個に分かれた班の一つは、僕が班長だ。といっても、班員は一人だけだけど。黒板を見て、その名前を確認した。大津綾。六年生はみんな班長だから、五年生か四年生の女子だろう。僕の班に割り当てられた、視…

結んで開かず(七)美雪

放送委員会の登下校時の全体放送は二人一組で行うことになっている。ペアはくじ引きで決められ、僕の相手は一学期に引き続きあかねになった。あかねは明るく活発な女子だった。顔の作りが一つ一つはっきりしていて、その口を大きく開けて笑う姿は関根勤を思…

結んで開かず(六)ヒロト

まだ午前中なのに高く上った太陽は、僕たちのうなじを焦がしている。「次はこの信号まででいい?」と靖が折りたたんだ地図を指さした。「さっきアイスクリン見た?」Tシャツの襟をつまみ、パタパタしながら和東が言う。閑散とした国道沿いに止まっていた移動…

結んで開かず(五)美香

真上から照りつける太陽は、波で濡れた砂もすぐ乾いてしまうんじゃないかと思うくらい、近くに感じられた。ウッチャンナンチャンに会える!とはしゃぐ妹の美香と、その友達何人かを見て「若いなぁ」と独り言ち、パラソルの影で水筒の麦茶を飲んでいた。「十…

結んで開かず(四)ルミ

早く帰れる家庭訪問の週が終わった土曜日の放課後、放送委員の全員が放送室に呼び出された。呼び出したのは顧問の嘉納先生で、縁なしメガネの奥にある目はいつになく厳しかった。 僕が放送委員に入ったのは、他に手を挙げる人がいなかったからだ。やりたい人…

結んで開かず(三ー三)秋博

仲の良い輪の中に入るのは難しい。でもクラスのみんなは僕に対しても昔からの友達のように接してくれる。その気持ちに答えなきゃとは思うものの、やり方が分からないし、先の事を考えるとしり込みしてしまう。 給食の時間、班を作って向かいに座っている昇が…

結んで開かず(三ー二)喜一2

この学校に転入することが分かったとき、僕には一つの大きな心配事があった。私服通学だったことだ。僕の服は数えるほどしかなく、兄のお下がりだったのでどれも襟が伸びていた。前の学校は制服があったからよかったけど、着ていく服で家の生活レベルを知ら…

結んで開かず(三ー一)浩哉

「喜一はどう思ってるの」 クラス全員が輪になって座っている。僕が座っているところから一番遠い場所、つまり僕の真正面から、浩哉が僕に投げかけた。僕と浩哉を線で結んだ右半円に座っているみんなが左を向き、左半円に座っているみんなが右を向き、クラス…

アップデート

「また朝帰りなの?」 「仕事だったんだ」 「連絡くらいしてくれたら」 「忙しかったんだ。寝てると思ってたし、起こしちゃ悪いと。」 「あの事務員と一緒だったの?」 「なんだって?」 「知らないとでも思った?あんなAIのどこがいいんだか」 「アップデー…

結んで開かず(二)秀則

今回引っ越しをする前に、一つだけ母に聞かれたことがある。 「プールは続けるの?」と。 母の言うプールとは、スイミングスクールの事だ。僕が通いだしたのは二年生に上がる時だ。引っ越して一年経つが遊ぶ友達も居ないらしいと母が心配した。そして習い事…

波音

携帯の情報サイトでは、波高はひざ、すねだった。それでもいい、と思った。 「サーフィンは一人でふらっと行って、波があったら入って、なかったら海眺めて、ふらっと帰れるからいい」と誰かが言っていた。実際は、波待ちしていたら「見ない顔だな、ビーチク…

結んで開かず(一)喜一

アパート近くのスーパーマーケットに併設された食堂で、ソーキそばを食べた。引越しをしてから最初の家族での食事だった。薄味だったけど、豚肉だけはじゅわっと味が染みていて、軟骨まで全部食べた。食べ終わってもまだ口には豚肉の甘みが残っていて、満腹…