結んで開かず(一)

 アパートの近くのスーパーマーケットに併設された食堂で食べたソーキそばが、引越しをしてから最初の、家族での食事だった。薄味だったけど、豚肉だけはじゅわっと味が染みていて、軟骨まで全部食べた。食べ終わってもまだ口には豚肉の甘みが残っていて、満腹なのに、じわっと唾が湧いた。でもそれも外に出るまでだった。スーパーマーケットの隣には製糖工場があって、雲よりも白い水蒸気をむくむくと吐き出し続けていた。問題はその匂いで、きっとサトウキビを絞ったやつに、雑巾を入れて蒸しているに違いない。嗅いだ一瞬お腹に力を入れないと「おえっ」てなる。とても砂糖を、あの甘くておいしい砂糖を作っているとは思えない匂いだ。アパートはそこから道路を渡ってすぐのところで、引越ししてきて分かったんだけど、家族五人で、二つしか部屋がない。親は当然知ってただろうけど、僕には知らされていない。というか、引っ越す先がどんな部屋なのかも話題にのぼらないくらい、そして僕からも敢えて聞かないくらい、僕と家族との会話は少なかった。

 僕が話さなくなったのは、最初の引越しの時からだ。幼稚園を卒園して、小学校に上がる時。環境の変化に、全く追いつけなかったんだと思う。昨日まで寝ていた家と、違う家。昨日まで歩いていた田んぼに囲まれた道と違う、新幹線の高架下の道。昨日まで友達と遊んでいた神社もない。友達もいない。挨拶をすればお茶とお菓子をくれる、青い屋根のおばちゃんもいない。右を見ても左を見ても知っている人が誰もいない、なんなんだこれはって。例えば大人の人だって、朝起きたら突然知らないところにいて、知ってる人が誰もいなくなってたら、びっくりすると思うんだ。

 引っ越しという言葉さえ知らなかった僕は、自分ではどうすることもできない、大きな力があるんだって知った。そんな大袈裟な、と思われるかもしれないけど、僕にとってはそれ程の事だった。それでも家族がいたから、家にいるときは少しは安心できた。でも夜になって、「朝になったらまた、あの知らない人だらけの学校に行くのか」と考えると、布団の中で勝手に体が震えた。

 そんな調子だったから、友達もできないまま二年生になった。その時に長屋の隣の家に、同じ二年生の男子、竹林が引っ越してきた。完全に世界に委縮していた僕は、竹林と仲良くなるのに一年もかかった。三年生になって、やっとキャプテン翼ごっこで一緒にサッカーで遊べるようになったのに、四年生に上がる前、今度は竹林が引っ越して行った。

 僕は多分その時、開きかけていた拳を、またぎゅっと握ってしまったんだと思う。それから今回の引越しまで、つまり五年生が終わるまで、僕は、再び閉じられた手を開くには、最初の何倍もの力が必要なんだって思い知らされたんだ。そして、僕にはその力が無いって事も。もしかしたら、諦めていたのかもしれない。仲良くなっても、いつかは離れなくてはならなくなる。喧嘩して嫌いになったわけでもないのに。突然に。僕にはどうすることもできないまま。消化されることのない寂しさを持ち続けるくらいなら、最初から一人でいいって。仲良くなる人が一人増える度に、その寂しさが一つ増えていくのかと思うと、いつか僕の体は寂しさでいっぱいになって、寒くて凍えてしまうんじゃないかって、怖かったんだ。

 その結果、周りの全てのものを近づかせないまま、製糖工場の匂いがする狭いアパートで、僕の六年生が、もうすぐ始まろうとしていた。