結んで開かず(三ー三)秋博


 仲の良い輪の中に入るのは難しい。でもクラスのみんなは僕に対しても昔からの友達のように接してくれる。その気持ちに答えなきゃとは思うものの、やり方が分からないし、先の事を考えるとしり込みしてしまう。

給食の時間、班を作って向かいに座っている昇が「喜一って時々悲しそうな眼をするよね」とコッペパンを千切りながら言った。「そうなの、知らなかった」「うんうん、今度その絵を描いてあげよっか」昇は絵が上手で、クラスの張り出し物の隅に、よく小人のイラストを描いていた。「志村けんのものまねしてるところ描いてよ」「いや、それだと喜一じゃなくて志村の絵じゃん」と笑った。そうか、眼か。気を付けよう。友達を作ろうという考えには及ばなかったけど、朗らかに接してくれるみんなに応えようとは思った。そうやって一つ一つ覚えていこう。何を何のためになんて分からないけど、そうすべきだと思った。

始業式から数週間経った下校時、たまたま浩哉と秋博、学級委員長の尾関と僕が同時に下駄箱で靴に履き替えた。なんとなく四人で校門まで歩いていると、校庭の隅にソフトボールが一つ転がっているのを浩哉が見つけた。たぶん体力測定で使って忘れたんだろうとみんなで話していると、浩哉がそれを持って走りだし「鬼ごっこしようぜ」と言った。何かをするとき、みんなでの話し合いの時もそうだけど、第一声をあげるのはいつも浩哉だった。鬼ごっこって、ボールをどうするの。と思っていると秋博と尾関が走り出し、尾関が浩哉を捕まえて、秋博がボールを奪った。みんな笑って息を上げながら「喜一」と秋博がこちらにボールを転がした。僕は焦った。何、ボールを持って逃げるの?どうするの?と思いながらボールを拾うと、反対を向いて走った。後ろから秋博が笑いながら追いかけてきているのが分かった。走って、そのあとどうするの?と思いながら、肩口から後ろにポロっとボールを落とした。すぐに秋博の「痛っ」という声が聞こえた。走るのを止めて振り返ると、秋博が口元を両手で抑えて身を屈めていた。何がどうなったのか理解できず、秋博に近づき「ごめん」と言った。秋博は「痛ってぇ歯が欠けた」と片目をぎゅっとつぶって、痛みに耐えているようだった。尾関が「先生に言ってくる」と校舎に向かって走った。「何でこんなことするんだ」と浩哉が言った。僕は何も言えず、西日に照らされるソフトボールをじっと見ていた。

家に帰ると玄関で母が待っていた。「先生から聞いた。わざとやったの?」僕は反射的に首を振り「そんなことしない」と言った。「誤りに行くからランドセル置いてきなさい」怒っているというより、たしなめるような言い方だった。

秋博の家は二階建ての一軒家だった。同じ学校の同じクラスなのに、住んでいるところはこんなにも違うのかと、この違いは一体何なんだと、答えを知りたくない大きな疑問符で頭をフルスイングされた気分だった。
「うちの子が申し訳ありませんでした」と母が頭を下げた。「ごめんなさい」と僕も頭を下げた。秋博のお母さんは「いえいえ、こちらこそごめんなさいね。歯も欠けてないですから大丈夫ですよ。ボールが当たっただけで騒いですみませんね」と隣に立っている秋博の頭に手をのせた。そうか、欠けてなかったのか。よかった。「また遊んでね」と秋博が言い「うん」と僕も頷いた。
帰りに歩きながら「怪我しない程度に、思いっきり遊びなさい」と母が言った。「怪我してなかったよ」と僕が言うと「そうだね」フフフと笑った。怒られると思っていたので意外で不思議だった。

次の日学校に行くと、一時間目から話し合いだった。題材は僕。「なんでそうなったのか、同じことをしないためにはどうしたらいいか、話し合いなさい」
「わざとじゃないと思う」「後ろに投げたら当たるってわかるよ普通」「当てようと思ってないけどたまたま当たったんじゃないかな」・・・
そして浩哉が言った。「喜一はどう思ってるの」
僕は何を何て言っていいか分からず、浩哉から目をそらし、絨毯を見つめた。だめだ。逃げちゃだめだ。ちゃんと、言いたいことを言うんだ。僕は立ち上がり、秋博の方に体を向けて頭を下げた。「ごめんなさい。鬼ごっことかしたことなくて、もっと後ろにいると思って、僕がボール落としたらびっくりするかなと思って、笑うかなと思って、そしたらすぐ近くにいて、ボールが当たって、ごめんなさい」膝がガクガク震えた。膝って本当に震えるんだとびっくりした。震えてるのがみんなにばれたらカッコ悪いと思い、こらえようとしたけど止まらなかった。秋博も立ち上がり、僕を見た。「大丈夫だよ。怪我もしてないし。わざとじゃないってわかったから。」僕の視界は、眼にたまった涙で歪んでいた。僕は膝を震わせながら泣きそうになっていた。こんなのだめだ、カッコ悪すぎる。涙がこぼれる前に後ろを向いて袖で目元をぬぐった。「もう大丈夫だね、二人とも座って」と尾関が言った。「じゃあ次は、同じようなことにならないためには、どうしたらいいか。意見がある人」

仲の良い輪の中に入るのは大変だ。遊び方も知らないんだから。一つ一つ覚えて行こう。そうすべきだから。そうしたいから。