結んで開かず(四)ルミ

早く帰れる家庭訪問の週が終わった土曜日の放課後、放送委員の全員が放送室に呼び出された。呼び出したのは顧問の嘉納先生で、縁なしメガネの奥にある目はいつになく厳しかった。

僕が放送委員に入ったのは、他に手を挙げる人がいなかったからだ。やりたい人が全員なれるわけなく、規定の人数よりやりたい人が多い場合は、じゃんけんで決める。それが嫌だった。負ければまだいいけど、あわよくば勝ってしまったら、負けてしまった人の「やりたかった」という気持ちを僕の中でどう消化していいのかわからない。たとえやりたいことがあっても、他にやりたい人がいたら譲る。その結果、活動内容も知らない放送委員になった。そしてたじろいだ。

放送委員の仕事は登下校時の全体放送、給食時のテレビ放送、全校朝礼のマイクや機材の準備と、めちゃめちゃ目立つ活動だったからだ。勇気とか度胸とかそんなの関係ない、なってしまった以上、やるしかない、と腹をくくった最初の登校時の全体放送は「みなはん、おはようございま、オェ、今日は〇月〇にち、オェ」と嗚咽交じりのひどいものだった。それを全校児童が聞いているのかと思うと全身からボッと火がたつ恥ずかしさだった。その作業を、大人のようなスムーズさでこなす他の委員を見て、気おくれしつつ、カッコいい放送室に心を躍らせた。

畳一枚ほどの大きさの沢山のスイッチが並ぶミキサー、大きなガラス張りの隣の部屋の撮影スタジオのようなブース。テレビカメラ2台がキャスターに乗せられていて、キャスターには自転車のようなハンドルがついている。そのハンドル部分で、ズームやピント合わせができるようになっていた。それらを使うことができるのにワクワクしない男子なんかいないだろう。

放送委員は六年生の各クラスから一人ずつの、全部で六人だった。クラスのみんなと同様に、委員の六人も明るく朗らかに接してくれた。委員が決まってあいさつのためみんなが最初にスタジオに集められた時、顧問の嘉納先生は何やらカメラのコードを調べているようだった。その手を一瞬止めて、ひと呼吸してこちらに顔をあげ「そんなバナナ」と真顔でつぶやいた。僕たち六人は腹を抱えて笑った。それだけでみんなと分かり合えたような気分になった。

放送委員は放課後放送室に集まるように、という嘉納先生の放送を聞き、僕が放送室に入ると、他の五人はすでに集まっていた。ただ室内は今までに感じたことのない雰囲気だった。ルミがミキサーの前で座り込み、泣いていた。その両側であかねと香織がルミの肩を抱き、慰めているようだった。その隣に嘉納先生が立ち、それに向かい合うように入口近くで靖と和東が少し俯いて立っていた。僕はどうしていいのか分からず、とりあえず男子側に二人と同じように立った。ルミは普段から明るくてよく笑う女子だったから、そこからは想像できない泣いている姿を見て、なにか女子の見てはいけない一面をのぞいたような気がして、不謹慎ながらドキッとしてしまい、同時に罪悪感が湧き出した。
「喜一はまだなんで呼ばれたか分かっていないと思うから説明すると・・」嘉納先生が言うにはこうだった。金曜日の給食時間に、その週に学校であったことをまとめて、校内ニュースとしてテレビ放送をしていた。そのキャスターをルミが勤めていた。僕とあかねと香織が照明や撮影、マイクの音量などを担当し、靖と和東が映像の編集担当だった。編集機材も充実していて、キャプチャーで画像を切り取ったり、テロップを入れたりして、放送の評判もよかった。そこまでなら何も問題なかったのだけど、靖と和東が編集機器を使って色々試して遊んでいたらしい。そして、ルミがニュースを読んでいる画像を切り取り、そこから腕や頭を切り離して宙にフワフワ浮いているようにして遊んでいたところに、ルミが部屋に入ってきて、それを見て泣き出したということだった。
「自分が同じようなことをされたらどう思う?」と嘉納先生が人差し指で眼鏡を上げながら言った。

どう思うと言われても、僕だったら、そんなこともできるんだ!と一緒に騒いだと思う。だけど、ルミは泣いている。なぜだろう。もしかして、ルミはいじめられてると思ったのかなと考えた。それで悲しくなったのかなと。ルミが泣いているのは違う理由なのかもしれないけど、男子と女子で受け取り方がまるで変わるということを知った。

男子にとって何ができるのか未知の機械は宝の塊だけど、女子にとってはそれだけでは済まされない事もあるあるのだなという驚きと納得で、世紀の大発見を知らされたような気持ちだった。それにしてもルミ可愛かったなと浮かび、それをかき消すように自分の頭にゲンコツをした。

帰りに近所のスーパーに寄った。この店でレジ打ちをすることになった母の所に行き、食券をもらった。「美香もいるから、一緒に帰ってやって」「うん」と後ろ目に返事をした。一緒に帰ってって言ったって、家はすぐそこじゃん、と思いながらソーキそばをすすった。食べ終わると、美香の分の食器と重ねて、返却口に持って行った。「おいしかったね?」と返却口の向こう側から食堂のおばちゃんが話しかけてきた。「うん、ごちそうさまでした」「妹の面倒見て、えらいねぇ」と言われたけど、向かいの家に一緒に帰ることぐらいでそう言われるのが恥ずかしくなり、美香を連れて店を出た。製糖工場の匂いにむせながら、後ろからついてくる美香をチラリと振り返り、そういえば、美香も女子なのかと思うと、見慣れたその姿が、僕の知らないもののように思えて、思わず少し距離を取った。