結んで開かず(完)

 二中には入学というかたちだったけど、引っ越してきたばかりなので中身は転入とおなじだった。入学式が終わりそれぞれの教室に入る時も、仲の良いもの同士おしゃべりが止まらないといった感じだった。先生が入ってきて、「春休みの思い出や中学での目標なども含めて自己紹介して下さい」ということになった。出席番号順に座っているその場で立ち上がり、一人一人発言する度に周りから笑いが起きたり、はやし立てたり、ヤジが飛んだりした。僕は全員と初対面なので、その雰囲気に乗ることはできなかったけど、一人だけ顔をまじまじと眺めた生徒がいた。瀬戸口といって、春休みに水泳の大会で優勝して中学でも水泳部に入るつもりだと、一際大きな声を教室に響かせたからだ。そうか、一年生で一番速いのはこいつか。僕より頭二つ分は背が高く、真っ黒に日焼けした顔は、目と歯が妙に目立っていた。
 順番が僕に回ってきた。中学の目標ならまだしも、春休みは住む環境が変わったばかりで、思い出もなにもない。六組のみんながお別れ会を開いてくれたのは嬉しかったし、これからも忘れないだろうけど、それを新天地で発表してもみんな困るだろうと思い、桜島に行った話をした。すると斜め前に座っていた女子がプッと吹き出し「桜島って」と誰かと目くばせしながらクスクスと笑った。不穏な、嫌な感じのする笑い方だった。
 

 掃除の時間になった。僕は前の席に座っている男子に話しかけた。
「雑巾がけってバケツ使うの?」
「いやー、俺も分からん」
「あ、そっか。あっちの水道で洗えばいいのかな」
「どうだろうね」
と、その後も二人で行動していた。そのうち会話もなくなり、なにか話す事ないかなと思案し、そういえば裕美が二中に来るはずだったのではなかったかと思いだした。聞いてみると、知らないと言う。続けて、二中は二つの小学校から上がってきてるから、中原台小学校の方なのではないかと言い、近くにいた女子に「台小?」と聞いてくれた。
「そうだけど」と振り向いたのは、さっきクスクス笑っていた女子だった。「台小だけど、なに」と少し高圧的にこっちを見た。名札には福島とあった。
「あ、いや、裕美知ってるかなと思って。国東博美」
「くにさき……ああ、知らない」福島はクスクス笑った。
「え、今、ああって」
「知らないよ」と突っぱねて「みんな知らないんじゃない」とまた、クスクス笑った。いや、見下しているんだ。自分より劣ると見たものを笑いものにする目だ。しかも僕の事ならまだしも、福島の視線の先に見えているのは、裕美だ。僕は裕美の、影に逃げ込むような力のない笑みを思い出した。裕美にあんな目をさせたのは、こいつらか。
「おまえ」僕はどうしようと考える前に、福島に向かって一歩踏み出していた。
「なんなの」福島は低い声で睨み返して「影子の友達?近寄らないで」と両腕をそれぞれ違う方の手でさすりながら、一歩退がった。
腹から何かが込み上げて、心臓をふつふつと沸き立たせ、温度を上げた血液が全身の筋肉を震わせた。怒りを自覚したのは初めてだった。耳のすぐ傍で自分の鼓動が聞こえる。手を上げるわけにもいかず、こんなやつに発する言葉もない。でも、引きたくない。にらみ合う二人の間に割って入ったのは瀬戸口だった。僕の詰襟を両手で持ち上げ、前後に揺らしながら
「わい、あんまはまんなよ」と歯をむき出して言った。こいつもそっち側か。
「なんて?」僕も言い返す。
「調子に乗るなって事」瀬戸口の背中から福島がクスクス笑う。
瀬戸口は多分、水泳部に入るだろう。僕も綾との約束を果たすため、水泳部に入る。僕はこの学校で生きていかなければいけない。どうする?ここで何かあったら、この先に平穏な生活は望めないかもしれない。そして裕美には今度いつ会えるか分からない。ひょっとしたらこの先会うことは無いかもしれない。それでも、引きたくない。友達と、胸をはって笑いあいたい。僕は、拳をぎゅっと握った。どうするかなんて
「決まってる!」
吠えるように放った僕の声に、瀬戸口の背筋が一瞬ピクリと伸びた。同時に襟元をねじり上げている手も緩んだ。僕はその手に、思いっきり噛みついた。

 


         結んで開かず(完)     花村 由