BLACK PEPPER(1)

僕はウィスキーが入ったグラスを持て余していた。ステージではビキニの衣装で飾った女が豚を連れて登場したところだった。グリーンランドから連れてきたという触れ込みのその豚は首輪を付けられてはいたが、人に慣れているらしく女が歩く方向に抵抗もせず後を追っている。店にいる人間はだれ一人としてステージなど見ていなかったが、女は笑顔を振りまいていた。

僕はグラスを口につけ、ほんの少し傾けた。上等な酒はみんな高級クラブかサロンが買占めるため、このようなスピークイージーではアルコールに色がついただけの、およそ酒とは言い難い飲み物が出される。牧場農夫の募集にこの店を待ち合わせ場所に選ぶとは、一体どういう人物なのか。スタンディングのカウンターに肩ひじをついてステージを見ていたため隣に女がいる事に気付かなかった。そしてその女が雇い主だという事も。

「ミスターサチ?」

振り向きながら相手にそれと判らない様に身なりを確認する。すらりと背の高いスーツ姿の女だ。綺麗に梳かれた髪は、埃とアルコールと湿った木材と僅かな豚の匂いで満たされたこの空間には似合わない艶やかさだった。僕は相手が分かるであろう最小限の動きで頷いた。